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鏡合わせのケイ素の作り分け(2010年7月7日)

不斉ケイ素の高選択的合成に成功

異なる4つの基と結合したケイ素原子は不斉ケイ素原子と呼ばれ、それを含む化合物には1対のエナンチオマーが存在する。だが、片方のエナンチオマーを選択的に合成することは困難であった。化学専攻修士課程2年の安富さんらは、イリジウムを含む触媒を用いて、不斉ケイ素化合物の高選択的な合成法を確立した。Journal of the American Chemical Society誌に発表した。

安富 陽一(理学府 化学専攻)

鏡の手前と向こうで異なる不斉の世界

炭素原子は、テトラポッドのような立体構造をしており、結合するための手を4本持っているが、4本すべてが異なる相手と結合しているとき、その炭素原子のことを不斉炭素原子と呼ぶ。アミノ酸のように不斉炭素原子を含む化合物を鏡に映すと、どのように移動・回転させても鏡に映った像と決して重ね合わせることはできない。ある化合物が鏡に映った相手と重ね合わせることができない構造を持つとき、その化合物を互いに「エナンチオマー 1」であるという(図1)。

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図1:エナンチオマーの模式図。

エナンチオマーの特徴

グルタミン酸はアミノ酸の一種で、そのナトリウム塩はうまみ成分として知られている。しかし、うまみはL体**のグルタミン酸ナトリウムしか示さず、エナンチオマーであるD体 2のグルタミン酸ナトリウムにはうまみがない。このように、化学組成は全く同じであっても、エナンチオマー同士の化学的性質には、大きな違いがある。また、多くの医薬品にも不斉炭素が含まれており、そのエナンチオマーは異なる薬効を示す。医薬品は片方のエナンチオマーだけを選択的に作り出すことが必要であり、そのための研究が広く行われてきた。

不斉合成の時代の到来

上で述べたアミノ酸をはじめとして、生物の体内にある化合物の多くが不斉炭素をもっている。そのため、これら化合物のエナンチオマーを選択的に合成する方法が活発に研究され、優れた方法が数多く報告されている。このエナンチオマーの選択的合成を不斉合成と呼ぶ。今日では、不斉炭素をもつ殆どの化合物の不斉合成が達成されている。

不斉ケイ素の選択的生成の研究は進んでいない

炭素原子と同じく、結合する手を4本持っているケイ素も、4つの置換基がすべて異なれば不斉ケイ素原子となる。ケイ素は、鉱物に多く含まれ地球の主要な構成要素であるだけでなく、半導体の原料として使われるなど工業的にも非常に重要な物質である。しかし、実用面および反応性の違いから不斉炭素に比べて不斉ケイ素に関する研究はあまり進んでいなかった。

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図2:不斉炭素、不斉ケイ素生成の触媒となるイリジウムサレン錯体

イリジウムサレン錯体を使って、選択的に不斉ケイ素を生成

化学専攻の安富さんらは、従来から研究室で開発してきた触媒を用いて、不斉ケイ素原子の高選択的な構築法の確立に取り組んだ。最新の報告で、イリジウムの含まれた触媒(イリジウムサレン錯体、図2)を用いると、炭素と水素がつながっている部分に、ジアゾ化合物から生じるカルベンが高選択的に挿入することが分かっている(図3上)。そこで、改良したイリジウムサレン錯体を用いて、ケイ素と水素が結合している部分に、挿入反応を試みたところ、最高で99:1の比率(98% ee)で片方のエナンチオマーを選択的に生成することができた(図3下)。

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図3:イリジウムサレン錯体によるC-H、Si-H結合への挿入

上記の実験は、同じ置換基2個と結合したケイ素をもつ基質を用いていたため、生成物のケイ素原子上に不斉は生じなかった。そこで、ケイ素の4本の手のうち2本の手に水素、残りの2本の手にそれぞれ異なる置換基を結合させた基質を用いて実験を行ったところ、高選択的に反応は進行し、不斉ケイ素を含む化合物の合成に成功した(図4)。

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図4:不斉ケイ素の生成

安富さんは、「不斉ケイ素の高選択的構築法の開発は、ケイ素を含む有用な物質の開発や、利用範囲の拡大につながることが期待できる」と語る。

より詳しく知りたい方は・・・
タイトル
Iridium(III)-Catalyzed Enantioselective Si−H Bond Insertion and Formation of an Enantioenriched Silicon Center ( Abstract )
著者
Yoichi Yasutomi, Hidehiro Suematsu, Tsutomu Katsuki
雑誌名
Journal of the American Chemical Society (2010) vol.132 pp 4510-4511
研究室HP
有機反応化学研究室
キーワード
イリジウム、カルベン、ケイ素

Notes:

  1. 高校の教科書などでは、光学異性体と呼ばれている。
  2. エナンチオマーを区別する化学用語。L体とD体の味の違いをなめて試すことは危険である。試してはならない。